美容師ブログ「サルの遠吠え」
信念を貫く勇気・・・
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

明けましておめでとうございます。
大変お久しぶりです。

最近ですが、入社面接の前に、このブログを見ていただき、入社面接を希望するか決めて頂いております。

過去の記事で共感して頂ける方との「縁」を大切にしたいと感じております。

そろそろ隠さず、わが社のブログとしてサロン名と共に公開していこうかと考え中です。

わたくしの写真はできるだけ載せずにですが・・・

しかしながら、サロンブログでは、各個人のブログもありますので、結局わたくしの顔が・・・

恥ずかしいかぎりです。


今年は、こまめに書きます。

今後ともよろしくお願いいたします!!




スポンサーサイト
想定内
こんばんは。

政治の話は美容業界ではタブーですが、ブログならと・・・

私の勝手な思いですので流してください。

東国原知事についてです。

私から見た知事を書きます。


「この人は、頭がキレる」

素直な感想です。

自民党の次期総裁候補・知事会の要望を1字たりとも間違えずマニフェストに!

この言葉に世の中の8割以上が激怒してましたね。

私は残りの1割の人間です。

まず、なぜこんなに反発がでるのか理解に苦しみます。

知事の任期を全うしている方で100%知事としての当初の公約を守れた人はいるでしょうか?

ほとんどの方が尻つぼみってとこではないでしょうか?

任期中、支持率の良い時期は長くて2年、その後の任期中は下がる一方・・・


なぜ下がるのか?

理由は簡単に思います。素人でも考えれる理由です。

要は、公約の50%以上は国の地方への管轄問題、憲法の問題、癒着の問題、これしかないのでは?

どの知事もはじめのお仕事は、自分のできる範囲からこなしていますよね。市や県で解決できる問題ですよね。難題は後回し・・・

しかし、たまに、就任当初から国に反発した方は当然「出るクギは打たれる」のように、何も解決できず、1年未満で県民の不満は爆発・・・支持率ダウン・・・

解任・・・

こんな感じではないでしょうか?

私なら先に県民の支持を爆発的に上げる行動を・・・一般市民の頭でも考えれます。

そんな思いを抱いていたときにあらわれたのが東国原さん!

まず、県民の豊かさを・・・

行動はさすがタレントでしたよね。県を売る!!

宮崎を売りまくったことは大正解でしたね。

結果、支持率80%以上の脅威の数字ですよね。


しかし、このたびの騒動で一気にバッシングへ・・・


このたびの騒動は、単なる騒動だったのでしょうか?

私は、「想定内」だったと思います。

私の頭でも、1番はじめに何かをやろうとした方は抹消されていることくらい知っています。

ホリエモンの買収劇、村上ファンドもありましたよね!

結局、世論からは「人間としてどうなの?」とまで言われ、終わった方々・・・

しかし、彼らのおかげで、外資からの防衛手段を考えた会社もあるのでは?

これって教えてもらったことにはなりませんか?

「ホワイトナイト」って言葉も教えられました。

「出るクギは打たれ」ましたが、何かしら勉強になったのでは?


しかし、逮捕はまずかったですよね・・・

これは想定外だったかと・・・

素人でも感じるこの事件を頭の良い、東国原知事が理解していないわけがない!!

私はそう考えます。



リスクを考えても、この時期しかかんがえられません。

自民が飲むわけのない、「次期総裁候補」・・・

これを1番に言う理由・・・

1番に言わないといけない理由・・・

2番目の要望を国民に関心を持たせる手段だったのでは?

そう考えれるのは私だけでしょうか?

結局、騒動で終わりましたが、最終的にはマニフェストの中身に関心が集中し、「地方分権」の重要性に将来を感じることに・・・


そして、橋本知事が国政出馬にNOを出した後の発言・・・
「東国原知事はすごいですよね!」
「僕にはまねできない」

この言葉も怪しい・・・

東国原知事と橋本知事はお互いが認め合っている中であり、たがいを否定しません。

では、なぜこのようなNOと言葉を出したのか?
たがいの気持ちが同じであれば、国政に共に出馬してもおかしくありませんよね。



一人が特攻隊長で「クギを出す」
打とうとする者が現れそうな時に、
一人が「打たれる前に、仲間のクギを抜く」

結局は、この騒動、二人とも言いたいことは「地方分権」の確立だけであり、世の中の議論を巻き起こした人物だけで、抹消される前に、お互いを守りあったのでは?




もし、地方分権が成立すれば、任期中の後半戦・・・どの知事も成しえなかった、公約達成が夢ではないのでは?

どう考えても、1文字たりとも・・ではなくとも、地方分権の最低80%以上は公約になるのでは?

知事・・・

想定内の構想では?


私なりの感想でした!!


では・・・。


意味があり、理由がある
こんばんは。

お久しぶりです。


今日はシンプルに・・・

なぜ、今、ここにいるのか?

なぜ、今の自分が存在しているのか?

なぜ、今の自分になったのか?

なぜ、今の環境なのか?


すべては、意味があり理由がある。

人は簡単に他人のせいにし、過去の出来事を忘れる生き物で、

その意味と理由を真剣に考える心があれば、すべてがうまくいく・・・



今日は、ふと浮かんだ思いを・・・








「一定」とは、
こんにちは。

「十人十色」という言葉があるように、同じ人間はこの世に一人もいません。

美容という世界は「十人百色」くらいと言っても過言ではないかと思います。

個性を前面に出せる仕事です。

良い意味もあり、悪い意味でもあります。

最近、よく考えるのですが、「まとめる」とはどういうことなのか・・・?

小さな規模のサロンであれば、目を配ることは簡単ですが、中規模・大規模になるにつれ、どのように「まとめていく」ことが最適であるのか?

「まとめる」という意味は①「 ばらばらのものを集めてひとかたまりのものにする。」② 「物事の筋道を立てて整える。」です。

①の「ばらばらなもの集めてひとかたまりにすること」は、実は簡単です。なぜなら、命令で済みます。
しかし、②の意味はとても難しい課題です。

物事の筋道を立てて「整える」ことは、全ての仲間の思いから「一定」にしなくてはいけません。

まとめることのスタートは「一定」した気持ちから生まれるものだと私は近頃考えます。

では、「一定」した気持ちはどのようにしてできるものなのか?

人に気持の整理をしてもらえるものなのでしょか?

私は、気持の整理をしてもらう側に「一定」を求めることは、「不可能」だと考えます。



例えば、「やる気」を一定にできるのでしょか?

「やる気」とはどこから生まれるものなのか?

人に「やる気」をもらえることができるのでしょか?

ちょっとした「しかけ」はできます。

「しかけ」により「楽しく」まではできます。

しかし、「やる気」まではたどりつけません。

「やる気」とは、自らの力でしか生まれないものだと考えます。


皆さまの中で「やる気」のある子と「やる気」を感じられない子っていませんか?

それは、時として、上の責任です。上が下のモチベーションを下げています。

しかし、上の立場からすると、「やる気」を「見せている子」と「見せていない子」ではないでしょうか?

これは、大きな問題です。

よく「やる気はあります」という子がいますが、表現しなくては伝わりません。私たち人間は人を観察する時、視覚と聴覚でしか判断できません。

「視覚と聴覚で判断するということしかできない」恐ろしさを気付かないといけません。

「やる気」の見える子は顔の表情と声の高さと大きさで判断されています。

では、見えない子は・・・・



人生でうまくいかないことってたくさんあると思います。自分のミスは自分の「考え」のミスです。
しかし、人間関係のトラブルは視覚と聴覚の問題がほとんどです。

トラブルなく過ごしている方は自分の表現方法を気づきません。トラブルが起きている方も自分の表現方法に気づきません。

どちらにせよ、人間の表現方法についてこんなにも考えることは今までないと思います。

ニコッと口角が上がった瞬間、どれだけ人を「癒す」力があるのか・・
眉間に少し「しわ」が出た瞬間、どれだけ人を不愉快にさせるのか・・
笑っていても、いつもの声とは違う瞬間、どれだけ人に気遣いをさせるのか・・

知らされるまで気づかない人間の世界。
知らされる時の知らせる側の気遣いパワーと知らされる側の嫌な表情と気持ち。

こんなことまで考えたことってあります?


話がそれましたが、そのくらい、「一定」にするとは難しい問題なのです。

だからこそ、自分で最低限の「一定」まで持ってこなくてはいけません。

誰かが必ず「気遣い」をしてくれていることに気づかなくてはいけません。

なら、自分から「一定」にする努力はしなくてはいけないのではと・・・



私の言う「一定」とは、「本当の仲間」として「向き合う」ことです。

良いこと・悪いこと、全てをひっくるめて最低限「向き合え」ということです。

片道のラブコールでは、「恋愛」できませんよね。

「向き合って」くれないと、トラブル発生しますしね・・



「向き合って」からがスタートですね。


まとめるって大変です・・・


では!!









初心はシャンプーの心
こんにちは。

最近よく感じることを書き残します。

シャンプーを覚えているころのことをよく思い出します。

あの頃は、当然のように先輩のシャンプーをよく見たものです。

しかし、年月が過ぎると、全く見なくなります。

なぜでしょうか?


美容師は自分に技術が身に付き、それを得意と感じた時、「見て覚える」行動をおろそかにします。

いたって普通の行動です。できるという「プライド」・「自信」がつくからです。

しかし、本当にそれでいいのかといつも疑問に感じながら私は過ごしていました。

シャンプーなど、はじめは、どのサロンさんでも「テスト」に合格しなくてはいけないと思います。
しかし、「合格」したからと言って、それを今以上に追求しなくてもよいとは誰も思っていないと思います。

美容歴が7年を過ぎた私は、そのころ、シャンプー指名を獲得する他店の後輩に「教えてほしい」と頼んだことがあります。

私の中で、「プライド」は全く無く、むしろこの子のシャンプー技術を盗みたいと思ったくらいでした。

今でもそうです。後輩がいいカットするたびに、こっそり盗んでいます。盗むとは、シャンプーに担当させてもらっています。「忙しいから」などという理由ではありません。シャンプーが私のカット師匠だとわかっているからです。

今日は、仲間に言いたいブログです。

君たちのシャンプーテストで誰が100点をとりましたか?

100点取った人いますか?

93点や97点・・・


残りの7点や3点は追求しなくてもいいのですか?

カットやカラーもそうです。

100点は今だ誰もとったことはありません。


自分の夢を本気で追いかけたいのなら、最低限、このくらいのことができないと、一人前とはいえないのでは・・・。

経営にまわった私ですら、そんな基本的なことは「当たり前」でしたね。


今の自分たちは単なる「プライド」の塊としか言いようがないですね・・・。


今日は、はじめて本気で後輩達を叱りたい言葉を書き残します。


では。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。